今日は久々のブログ更新です。
2年間、毎日続けていたブログですが、1週間ほどお休みしていました。
2年までは毎日続けようかなと思っていて、自分なりに「2年続けられた。」と達成感を得たところもあり、書きたい時に書くスタイルで、ゆるく再開していきたいと思います。
ここ1週間くらいですが、本を読んだり、内省の時間を取っていました。
その中で、アウトプットしておきたいことがあったので、今日書いています。
「自己肯定」と「自己受容」について。
「自己肯定感」が注目されているけど、モヤモヤしていた
よく記事でも、「自己肯定感」というワードが出てきて、「自己肯定感」がタイトルにあると、記事のアクセスが増えると聞いたことがあります。
「自己肯定感を高めよう」が、共通の合言葉のようになっています。
私は、いまだに「自己肯定感」がしっくり来ていないところもあり、ものすごくざっくり「自己肯定感=自信がある」くらいに捉えていました。
Wikipediaで見ても、いろんな説があるようです。
自己肯定感とは、自らの在り方を積極的に評価できる感情、自らの価値や存在意義を肯定できる感情などを意味する言葉であり[1]、自尊心(英語: self-esteem)、自己存在感、自己効力感(英語: self-efficacy)、自尊感情などと類似概念であり同じ様な意味で用いられる言葉である[2][3][4][5]。
現在、これらの言葉は多義的に用いられることが少なくなく、結果としてあらゆる肯定的な心理的要素を表現する包括的名称(umbrella term)となっているという指摘がある。
Wikipediaより
うーん、なんか良くわからなくなってきました。
でも、「自己肯定感」が低いと思っている私には、「自己肯定感を高めよう」と言われると、ちょっと荷が重い感覚はありました。
「自己受容」がスッキリくる
「自己肯定感」には、いろんな説があることが前提ですが、この区分けが分かりやすかったです。
タテ軸に「自分を大切にする・しない」
ヨコ軸に「自分に執着する・他者を大切にする」
で4象限に分けると、「自己肯定」は、「自分を大切にする」&「自分に執着する」。
「自分スゴイ」「自分が正しい」と、ネガティブな自分を見ないようにして、自分のポジティブな部分に執着する。
一般的に言われている「自己肯定感」と、100%マッチしないかもですが、あくまでも一つの定義として。一般的には、「自己中心」とかのワードの方がしっくり来るかも。
これに対して、「自分を大切にする」&「他者を大切にする」。図の右上が「自己受容」。
自分の欠点や弱みも引っくるめて、あるがままの自分を認める。
「自己肯定感高めましょう」ではなく「自己受容しましょう」というのは、スッと入ってきます。
自分のネガティブな感情も否定せずに、すべて受け止める。無理にポジティブになる必要もない。
「あるがまま」って、「ある」に目を向けることなんですね。
私は、この数週間くらい、この自己受容と葛藤していた気がします。
「自分はこうありたい」という理想と、今の自分とのギャップ、これは引き算で考えてしまう感覚。
そうじゃなくて、あるがままの自分を認める。良いも悪いもジャッジしない。
「自己受容」ができるようになると、他者も認められるようになる。逆を言うと、「自己受容」できていないと、他者も認められない。
この感覚は忘れたくないなと、今日はブログに書きました。
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