『気仙沼ニッティング物語』マッキンゼー出身の女性起業家は、なぜ気仙沼で編みもの会社を始めたのか?

こんにちは、Natsumiです。

 
今週は、わたしのなかで東北ウィークです。
月曜から水曜で石巻に行ってきて、いろんなことを考え、吸収してきました。
東京に帰ってきてからは、東北で活躍する企業の本を読みました。
 
『気仙沼ニッティング物語 いいものを編む会社』

 
タイトルにあるとおり「気仙沼ニッティング」という手編みニットの会社についての物語です。
スタッフ2人の小さな会社ですが、約60人の地域のお母さんたちが編み手として活躍している。
看板商品のカーディガンは完全オーダーメイドで「15万円」と高額ながら200人待ちの人気になっています。

 
まず驚くのが、これを起業された御手洗珠子さんのキャリアです。

 
御手洗珠子さんとは?
 
マッキンゼー・アンド・カンパニーからキャリアをスタート。
2010年9月から1年間、ブータンにて初代首相の特別研究員(フェロー)を務め、観光産業の育成に従事した。
日本に帰国してからは東日本大震災の復興プロジェクトに参加し、震災の後で何ができるだろうかと模索していた途中に、糸井重里さんから声をかけられる形で、気仙沼ニッティングの仕事を引き受けることになったそうです。

 
マッキンゼーの後に、ブータン首相のフェローって、すごすぎですよね。
そんな御手洗さんが、なぜ気仙沼ニッティングをすることになったのか?そして、始めてから、どんな物語があったのか?
気になりませんか?
 
私はすごく気になったので、本を読み進めました。
 
 

なぜ「気仙沼」で会社をたちあげたのか?

 

「気仙沼」で働くひとが「誇り」をもてる仕事をつくりたかったから。
そして、きちんと稼げる会社にして、気仙沼で100年持続する産業にしたかったとのこと。


 
みなさんは、最近よく「持続可能性」(サステナビリティ)というキーワードを耳にしませんか?
 
石巻を訪れたときも、何度か耳にしましたし、以前宮崎で活躍されている何名かのリーダーとお話したときも耳にしました。
地域のひとは、その地をいかに持続可能なものにしていくか?つまり、自分がいなくなった後もずっと続くような仕組みにしていけるか?
というのをすごく考えているということが分かりました。

 
地域にいる方々は、「未来」そして「次世代」をしっかり見据えています。
この感覚は、東京にいるとあまり持てません。
ついつい利益を追い求めてしまい、今目の前のことしか考えられなくなっていることに、恥ずかしさを覚えます。

 
御手洗さんは創業から1年で株式会社化していますが、それも気仙沼に納税して利益を還元したいという想いがあったから。
この「持続可能性」を意識しての決断と知り、わたしも胸が熱くなりました。

 
事業を通じてお客さまに喜んでもらう。
働くひとに、暮らしの糧を提供する。
納税をすることで、地域に利益を還元する。
働くひとは、お客さまが喜び、地域に貢献していることを「誇り」に思う。

 
これを「循環」させることが「持続可能性(これからも長く続いていく)」につながる

 
 

なぜ「編み物」だったのか?

 
震災後の気仙沼でも「すぐに始められる」から。
大きな設備投資をせずに、編み物ができる人がいれば仮設住宅でもできる。
 
また漁師町である気仙沼は、「編み物」が身近なものであったことも理由の1つのようです。

 
・最初にしたことは、「世界のトップを見に行く」

 
編み物のパイオニアは、アイルランドのアラン諸島です。
まず「世界のトップを見に行く」ことで、自分たちがどこをめざすか?という具体的なイメージを持てた。

 
アラン諸島も、漁師の町のセーターが伝わってきて、独自の模様がうまれ、アランセーターがうまれたということで気仙沼と環境が似ています。
ただ現在は編み物産業が衰退しており、なぜ衰退したか?を考えるのも学びになったようです。

 
・目先の利益を追求するのではなく、会社のビジョンを追求している

 
短期的に考えれば、Webに検索広告をだしたり、ニット以外の他の商品をやり、一気に流入を増やし利益をあげることはできそう。ただ、それをやらなかったのは、そもそもの会社のビジョンに立ち返っているから。
一気に利益がでて、地域やいままで応援してくれたの信頼を失えば、会社は一気に衰退する。
編み物を「誇り」をもてる仕事にする、というビジョンが叶えられない。

 
エルメスが、なぜバーキンを増産しないのか?
バーキン専業の職人を雇えば、増産はできるが、もしバーキンが売れなくなったったらその職人を解雇しなければいけない。
そういう職場になったら、職人の心意気は保てない。だから、増産はしない。この考えに御手洗さんは、すごく感銘をうけ、共感されたようです。

 
・お金をつかうことの意味
 
地域だから、それぞれの顔がみえる。
お金を喜んで使う(友だちのところにお金を落としていくイメージ)感覚がある。
これは東京だと全然感じられない感覚ですね。
 
・気仙沼で編んでもらったミッフィーちゃん
 

ミッフィーが気仙沼にやってきて、採寸して、気仙沼ニッティングのメンバーがカーディガンを編むストーリーがほっこりします。

 
 

気仙沼ニッティングが「目指すこと」

 
Webに、気仙沼ニッティングが「目指すこと」が書かれており、あまりにも素晴らしかったので、そのまま共有させてください。
 
(気仙沼ニッティングのWebサイトより)
 

「誇り」をもって仕事をしていきたい。
だれかに、よろこばれることが実感できるような仕事を、
編んでいきたいと考えています。
 
「うれしさ」を伝えていきたい。
編むことのうれしさが、着てくださる人に伝わって、何年も何代にも渡って愛されていくようなニット。
そんな商品をデザインし、つくり、お届けしていきます。
 
気仙沼の「稼げる会社」になりたい。
被災地であることが忘れられても、しっかりと暮らしの糧を得られる会社になりたい。
その経営の基盤を気仙沼につくっていこうと考えています。
 
世界中のひとがお客さまに。
日本だけでなく、世界中のひとに求められるものをつくっていく。
東北の気仙沼(Kesennuma)という地名が、
素敵で高品質なニット商品を生み育てる場所として、世界に知られていきますように。
 
夢は大きいのですが、まだまだ未熟で小さな会社です。
でも、チャレンジする気持ちはあまるほどあります。
応援してくれる仲間もたくさん見てくれています。
視線は高く遠くに、気仙沼の港から船出します。
 

 

気仙沼で起業するメリット、デメリットは?

 

御手洗さんは「自分の足で、頂上の見えない山道をあるき続けるようなもの。一足飛びには行けず、一歩ずつ前に進んでいく」と表現されています。
東京からかなり離れた、そしてまだ震災の影響がのこっていた気仙沼でビジネスをするのは、すごく大変なことだったと思います。今だからわかるメリット、デメリットはどのようなものがあるのでしょうか?

 

メリット1 :周りの人に助けてもらえる

 
編み手を探しているときも、編み手教室をひらきたいと思っているときも、気仙沼の人たちが助けてくれる。
御手洗さんも創業時に住む場所がなく、地元の人の家に下宿していた。会社を始めたときは、震災後でなにもない状況だったが、誰かが助けてくれた。

 

メリット2 :多くの人に興味をもってもらいやすい

 
気仙沼は、おおくの日本人にとって未知な場所。
だからこそ、どんな場所なんだろう?という興味はもってもらえる
 
何でも手に入りやすいコモディティの時代に、「不便」な場所、なかなか手に入らないものというのも価値になる。
 

メリット3 :賃料が安い

 

メリット4 :地域の街のなかで存在感をもちやすい

 
気仙沼は人口7万人弱、世帯数は2万6千ほど。
地域の新聞や街のニュースで、すぐに知ってもらえる環境である。
 

デメリット1 :大消費地から遠い?売るのが大変?

 
デメリットとしてあげられていますが、この点は実際には不利に感じていないとのこと。
インターネットで全国に情報発信できるし、日本中、世界中に販売もできる。
さいしょの4着の抽選販売もインターネットから。
 
ただ東京の市場の感覚や、お客さんの目線は忘れないようにすることが大事。
 

デメリット2 :人が少ない?働き手の確保がむずかしい?

 
人口流出と高齢化で働き手の確保はむずかしい。
ただ企業もすくないので、働きたくても働けないひとも多い。
仮設住宅でもできる仕事にしたことで「フレキシブルな働き方で人は集まる」
 
地方こそ、「価格を下げるより価値を上げることを考える」
「つくれるものではなく、本当にほしいと思われるものをつくる」

 
 

この本を通じて、これからしていく自分の「行動」

 
1. 働くことの「本質」を意識する。それが社会のためにどのような意味があるのか?
2. 目先の利益だけはなく、長期的な視点でビジネスを考える。
3. 一足飛びではいけない、一歩一歩まえに進む。

 

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