「多様性」は、「ひとりひとり社会」

このまえ、『シン・ニホン』という本の読書会をしていて、「女性活躍」の話になりました。

なぜなら、この本の中で「埋もれている才能」として「女性の才能」が挙げられていたから。

この手の話になると、「男性 vs 女性」の話になりがちで、

「女性リーダーならではの、優位性って何ですか?」とか聞かれます。

正直、これに対しての答えに、いつもモヤモヤしています。

  • 「女性だから、気が効く」
  • 「女性だから、しなやか」
  • 「女性だから、コミュニケーション力が高い」

という言葉も言えなくはないのですが、そういう女性もいるけど、必ずしも当てはまる訳でもない。

いわゆる一般的にイメージする女性らしさが欠けている私だからこそ、余計モヤモヤするんだと思います。

この問いに対して私が答えたのは、「女性だから、どうのということではなく、性差よりも個としての差の方が大きい」。

「私は、男性 vs 女性の話にしたくなく、あくまでも男性社会から多様性のある社会にどう変革するかの話がしたい」と言いました。

なぜ、多様性が大切になるのか?

「多様性」や「ダイバーシティ」という言葉も、耳にタコができるくらい聞くし、その意味合いも広い。

みなさんとディスカッションする中で、「多様性社会」は「ひとりひとり社会」だよね、という話が出てきて、この「ひとりひとり社会」という言葉がしっくりきました。

みんな同じという「同質性社会」から、「多様性社会」へ。

今までのように大量生産で同じものを作っていれば、価値を生み出せる時代から、物が溢れた時代には、枠から外れたものを生み出す「多様性」が大切になる。

ひとりひとりの「個」が触発されることによって、1 + 1が2以上にもなるイメージ。

そんな話をしていて、思わずイラストにしてみて、しっくりきました。

自分ひとりで考えているとモヤモヤするけど、バックグラウンドの違う色んな人とディスカッションすることで、視界が開けました。

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